アーカイブ 「日々雑感」

2010年 3月 01日

あれから4年。

カテゴリー 日々雑感

4年前の今日(2006年3月1日)が初ブログ↓。
http://blog.goo.ne.jp/marusugi_2006/e/4e1807fc73196fbc843e08e2667c2a55
 
幼少の頃より、話しは饒舌なのに、書くのはからっきし。
伝えたいことは山ほどあるのに、表現できないもどかしさ。
そんな文章力のない不甲斐なさに嘆いたり、悪態ついたりしながら、
アップするときは、何時間もパソコンに向かう自分がいました。
(今も、さほど変わりませんが…笑)
 
こんなこと書いている割には、この2カ月間の更新はゼロ。
なんか、かっこつきませんねぇ。お恥ずかしい・・(笑)
脳裏に言い訳ばかりが浮かんできますが
本日が節目であることに免じ、
近況報告を少々させていただきます。
 
10月初旬から、ISIS編集学校という編集術プログラムの
「破」コースに学び、一昨日、修了式で東京へ行きました。
それから、西日本新聞で連載しているコラムも、
3月14日【日】掲載の15回をもって終了となります。
現在は、最終稿を残すのみで、こちらもあと少しで卒業です。
(正式ではありませんが、連載第2弾のお話もいただきました。)
  
と、まぁこんな感じでこの5ヶ月、創文の日々を過ごしました。
それなのに、小学時代から抱く作文への苦手意識が
克服できていないのは、なぜでしょうか・・(笑)
Think write 脳に変わるのって、難しいことなのでしょうね。
 
そんな、進歩しない私ですが、
これに懲りず、今日は、新たな取り組みを始めてみました。
 
おっと、3月1日から日付が変わりそうです。
そんなわけで、後日またご報告いたします。

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2009年 12月 31日

2009年を振り返って。

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(福岡県志免町・一心寺本堂の上棟式)
 
今年も残すところ、あと一日となりました。
この一年を振り返りながら、今思っていることを今日は書き留めようと思います。
 
印象深いのは、昨年秋より参画した雑誌「もくたろ」が、
祖父の命日に創刊したことでしょう。
単に、木の家の良さをアピールするというのではなく、
木の家とは何か、木の家をつくるという営みとは何か、
といったダイナミックなテーマが、そこには展開されました。
筑後川を上流から下流まで辿りながら、木の流れを俯瞰しつつ、
衣食住の営みを追ったあの取材は、今も鮮明に記憶しています。
 
でも残念なことに「もくたろ」は、芽生えた直後の3月末、
編集長・入澤美時氏急逝により休刊となってしまいました。
私はこのとき、「編集」というものに改めて強い関心を抱きました。
伝えたいことがあっても、それを伝えるための「方法」を知らなければ…
ちょうどその頃、様々なご縁が重なり、思わぬ行動に導かれました。
松岡正剛氏が校長をつとめるISIS編集学校に入門したのです。
 
そしてその一月後、西日本新聞『食卓の向こう側』編集委員の
佐藤弘さんよりコラム連載のお話をいただきました。
おそらく、編集学校に入門していなければ、お断りしていたことでしょう。
なにせ、子供のころより国語、とくに作文が大の苦手。
そんな私が、毎週締め切りに追われながら文章を書くことなど、
逃げ出したに違いありません。
 
11月より、毎週記事を書かせていただくなかで、気づいたことがあります。
それは、何かを伝えるために書いている、なんておこがましいということ。
今はむしろ、自分が伝えたいこととは何なのか、探りまとめる手段として書いています。
とはいえ、辛いものはつらい(笑) 読者の励ましが、今は一番のごちそうかなぁ。
 
「文章が上手い下手はどうでもよか。要は伝えたいことがあるかどうか。」
佐藤さんは、こう言って励ましてくれますし、
拙文でも原稿を投げ込めば、推敲のプロが手直ししてくれます。
またとない機会ですから、ここが踏ん張りどころ、
木のアピールに取り組みつつ、思考を深めたいと思います。
 
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(一心寺・本堂にて)
 
ブログ更新をさぼっていたので、最後に、11月の終わりにあった嬉しい出来事を。
福岡県志免町に移転新築される安穏山・一心寺本堂が棟上げされました。
九州の杉のイメージを覆し、安物ではない、杉の使われ方を提案したい、
今回はそんな思いを表現できる、またとない機会をいただきました。
杉の中でも、ヤクノシマという品種で統一し、二か所の山からそろえました。
100年以上の目細な杉の赤身材は、猛々しい表情です。
来春には完成しますので、多くの方に見ていただきたいと思います。
 
さて、来年はどんな年になるのでしょうか。
経済評論家は、悲観論の方が多いようですね。
私の会社もこの二カ月ほどとても苦戦しています。
来年を楽観視できるような状況にありませんが、
それでも来年は、チャンスだと思いたい。
パラダイム・シフトが起こるとき、
潮目が変わる時期だと感じるのです。
○○してもらえない、と嘆いていてないで、
自分に何ができるのかを考え行動しようと思います。
協働しましょう!

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2009年 2月 20日

パーソナル・ブランディングを考える。

カテゴリー 日々雑感

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(増上寺と東京タワー)

15~16日、東京へ行ってきました。
鳥居祐一さんの「スピード・ブランディング」という書籍の出版記念パーティーに参加してみようと思い立ったのです。

「ユダヤ人大富豪の教え」他300万部の大ベストセラー作家の本田 健 さん、
ブッシュやクリントン元大統領の顧問で著書50冊の浜口 直太 さん、
日本の成功哲学の第一人者である青木 仁志 さん、
日本で唯一のリッツカールトン・アンバサダー井上富紀子さん、
和製ドナルド・トランプの南原竜樹さん、
元マネーの虎で著書40冊の臼井由妃さん、
ハックスシリーズのアルファブロガー大橋悦夫さん、
億万長者専門学校のクリス岡崎さん、
とそうそうたる方々が、それぞれの思いで5分間スピーチされました。

2年ほど前にピーター・モントヤの「パーソナル・ブランディング」を読んで以来、自分のブランドをどのように確立していけばよいか考えてきたのですが、ブランド人と呼ばれる方々の其々の個性が迸ったスピーチを聞きながら、素の自分とはいったい何か考えさせられました。

 
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フライト中(帰路)のメモより・・・

パーソナル・ブランディングとは何だろう?
素の自分、元の自分とは何か、を探ること。
私が中心に据えているものとは何だろう・・・
それは「心」。思いやり、やさしさ。
自分を理解するには、まず身近な人と向き合うこと。
人と真剣に向き合うということは、
自分と向き合うということではないか。
私は自分と向き合うことをこれまで避けてきたのではないか。
なぜか。
自分のことを知りたいのはやまやまだが、
同時に知ることを恐れてもいたからだ。

「一番だまし易い人間は、すなわち自分自身である。パルワー・リットン」

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そして今日、向き合う為の具体的な実践のアイディアが浮かびました。

久方ぶりの渇望感!良い40歳の幕開けとなりました(笑)

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(旧岩崎邸 憧球場)

メモ:旧岩崎邸のある上野の寛永寺が江戸の鬼門、芝公園の増上寺が裏鬼門にあたる。

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2009年 2月 14日

思無邪の和。庭師橋本善次郎

カテゴリー 日々雑感

先日福山より、パワーパートナーであり朋友の庭師 橋本善次郎氏が仲間と一緒にふらりと遊びに来てくれました。

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この日の前日まで、「森×hako」のオープニングレセプションだと知っていたので、善ちゃんから「今近くにいる」と電話があったときはとても驚きました。

このオープンハウスには二日間で700名もの方々が訪れてくれたのだそうで、善ちゃんと一緒にやってきた「にしとん」(オーナー)、前ちゃん(設計)もかなりお疲れ気味でした。

その日、一緒にランチをしながら「思無邪」のことを話しました。

今日の善ちゃんのブログを読むと、「思無邪」をどう受け取ったのか書かれてあり、なんだかこちらも熱くなってしまいました。

かれのブログを読んでみていただけませんか?

http://blog.goo.ne.jp/niwatan2001/e/8f65556bb7ed7fa7a4f2e154f32b0d14

彼の庭については・・・

http://blog.goo.ne.jp/niwatan2001/e/3beaf93b933d77c139c55ef5024994eb

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2009年 2月 09日

三十代最後の日、「思無邪」を思う。

カテゴリー 日々雑感

ひさしぶりの更新です。

明日で、いよいよ40歳になります(笑)

毎年のことですが、誕生日が近づく度、論語のこの一節を思い出します。

『吾十有五而志于学。 三十而立。
 四十而不惑。 五十而知天命。 六十而耳順。
 七十而従心所欲。 不踰矩。 (爲政第二) 』

 
「吾十五にして学に志し三十にして立つ。
 四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳に従う。
 七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず。」

 
この詩を読みながら思います。

「孔子であっても40歳は、惑った時期なのではなかったか。。。」

少なくとも私には、一昨年の夏から一年間、とても惑った時期がありました。

でも当時、自覚症状はありませんでした。ところが昨年2月上旬のこと、

行きつけの美容室で円形脱毛症が二つもできていることがわかりました(笑)

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毎日一冊の本を読み、煙草を止め、筋トレや気功など

生活習慣を一新して半年が過ぎた頃のことでした。

自己改革がうまくいっている、と思いこんでいたそのときの私は

「十円はげ」に正直、狼狽してしまいました(笑)

でも、思い当るところがありました。

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これからの人生、今の仕事をつづけるべきだろうか?

自分の職能など時代は求めてないのではなかろうか?

自分が求めているものとは何なのだろうか?

自分が得意なこととは何なのだろうか?

自分が好きなこととはいったい何なのだろうか?

自分は何をするために生まれてきたのだろうか?

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落ち着いて自分と対話してみると、

自己改革がうまくいっているなどとんでもなくて・・・(笑)

自信をまったく失っている状態にあったのです。

考えてみると理由は意外に単純なもの。

売り上げが思うように上がらないから、だったのだと思います。

「木青連フォーラムの準備に忙殺され、仕事を仕込むことができなかった・・・

建築基準法の新法施行に伴い着工戸数80%ダウン、といった建設不況が続き・・・」

反省したり、現状分析をしたりしてみても、今後どうすればよいのか見えません。

今思うと、弱気の虫にやられていたのです。

そして感謝の気持ちがとても低い状態にありました。

毎日「ありがとう」を3,000回唱えてみたりもしましたが、

なかなか心は楽になりませんでした。そんな昨年の4月、

木の神様を祀る「伊太祁曽神社」そして「高野山奥の院」に行った後くらいからでしょうか、

徐々に心境に変化が訪れてきたように思います。

 

そして、今・・・

ようやく落ち着いて参りました(笑)

幸いな事に、明日からの40代を歩む羅針盤も持ち合わせています。

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(宇佐市・Hさん生家 仏壇の上に掲げられた「思無邪」の書)

昨年7月、鹿児島の尚古集成館を訪ねた際、

島津斉彬の「思無邪」(おもいよこしまなし)という座右の銘に出会いました。

そして年末、古い生家についてご相談いただいたHさん宅で再会するのです。

これこそ、現在の私が噛みしめなくてはならない言葉なのでしょう。

 

この詩は、冒頭の「吾十有五而志于学・・・」と同じ「論語」為政第二にあります。

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「子曰、詩三百、一言以蔽之、曰思無邪、」

「子曰く、詩三百、一言以てこれを蔽(おお)う、曰く、思い邪(よこしま)無しと」

詩経は三百篇もあり、その表出するものはさまざまだ。

だが根底にあるものはただ一つである。

嘘をつかないこと(偽りのない心)である。
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